というのは、自分自身の生活を形作るものを否定しているようです。
”そんなことは認められません。もっとお役所は良いこと考えてください。”
なんていったら、自分に与えられた国民の主権を放棄しているようです。
素人でも良いから、少なくとも対案を考えてみるのが良いと思います。
”放射性物質除去装置を設置して、逆に世界一放射能の少ない街にトライしてみてはどうか”
突拍子もない意見でも、誰か才能のある人を刺激するかもしれません。
ある意味平和ボケの、日本の閉塞感を突破する機会を与えられたようです。
私自身政治に無関心でしたが、そんな国民の意識レベルが顕著に昨今の政界に現れるようです。民主主義の責任者は国民なのだなと改めて感じています。
あまり政治に肩入れするのもファッショ的で危険なのだそうですが、もう少し関心を持って話し合いの機会が多くあるべきに感じます。提案、対案、共有できることを見つけ出し、個々の主張から論議を重ねて社会を組成する、論議のレベル向上は良質のリーダーシップも生み出すと思います。
日本の民主主義の歴史は浅いです。どこか徳川吉宗の生まれ変わりでも期待しているかのようで、他人任せなことが自分も含めあるようです。
あくまでも前向きに、次の時代をどう作るか、日本人の”KAIZEN”です。
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